「古い免疫系」の活性化を確認
マウスへの低線量放射線照射で「古い免疫系」の活性化を確認
放射線ホルミシスについて語る前に、まず、私たちはどんなときに病気になるかということを明らかにする必要があると思います。
人はどんなときに病気になるのか。それは自分の限界を超えた生き方をしたとき、破綻して病気になるのです。昔は飢え寒さ、ひもじさで病気になりましたが、現代では「過酷な労働」「心の悩み」が病気を生み出しています。長時間労働という重力に逆らったような生き方、人間関係で生じる心の悩み、こうしたことが原因で私たちは破綻します。
このふたつの原因は自律神経の働きを見れば解明できます。日中私たちが行動するときは交感神経が働いています。活動ばかりでは疲労しますから、夜は副交感神経が血圧や血糖値を下げて疲れを癒します。また、物を食べて蠕動運動をよくし、排泄するのも副交感神経の働きです。こうして昼は交感神経、夜は副交感神経が交互に働いて、そのバランスによって私たちは元気でいられるのです。
ところが長時間労働や心の悩みを抱え込むと、交感神経が一日中緊張状態になって疲れ果て、破綻してしまいます。不眠症、高血圧、糖尿病などがそれです。約7割は交感神経が原因で破綻しますが、3割は副交感神経で破綻します。副交感神経の破綻は、たくさん食べる、動かないなどの身体能力の低下による自滅作用です。
「進化した免疫系」と「古い免疫系」
病気はまた、白血球の働きからも理解できます。白血球は大まかに顆粒球60パーセント、リンパ球40パーセントで構成されています。顆粒球は交感神経支配、リンパ球は副交感神経支配です。
交感神経が緊張すると顆粒球が増えます。しかし増えすぎると活性酸素を撒き散らし、さまざまな組織破綻を起こします。がんは、顆粒球の組織破綻によって増殖を強いられた増殖関連遺伝子が、調節障害を起こしたために発生すると考えられています。
副交感神経が優位になるとリンパ球が増えます。リンパ球が過剰になると抗体が自分の組織を攻撃し、アトピーや花粉症などの病気を引き起こします。
人間の体は、病気になっても必ずそこから脱却する行動を起こします。熱を出したり、痛みを発したり、炎症を起こしたりするのは一種の治癒反応です。これは私たちの体に備わった防御反応なのです。
こうした治癒反応を引き起こす免疫系には2種類あります。ひとつは「進化した免疫系」で、これは花粉やウイルスなど微小な異物に対して抗体を作って処理します。もうひとつは、私たちが進化する以前から持っている「古い免疫系」で、異常細胞を察知して攻撃、排除します。NK細胞や胸腺外分化T細胞、初期のB細胞と呼ばれるものです。
ホルミシス効果で「古い免疫系」を活性化
私たちは、この「古い免疫系」と放射線ホルミシスの関係を調べる実験を行いました。まず、マウスに0.2グレイのγ線を1日おきに4回照射しました。そして翌日から毎日、古い免疫系の変化を検証しました。始めてから1週間から10日には、肝臓、脾臓、胸腺、骨髄でリンパ球は減少しました。しかしその後回復期に入り、リンパ球の数は増えました。特に肝臓、脾臓でそれが顕著でした。また、NK細胞、胸腺外分化T細胞、NK-T細胞の増加も調べましたが、いずれも21日目から28日目にピークに達しました。
どの実験でも免疫系は一時的に停滞が起き、その後活性化するという結果が得られました。もっと高い1グレイ、2グレイの放射線の照射しましたが、害になりました。逆に0.1グレイ、0.05グレイという弱い照射では効果はほとんどありませんでした。これがラッキー博士のいうホルミシス効果なのだと思います。
放射線というストレスが、交感神経の刺激として体に入る。その後、副交感神経が優位になってそれを取り除く反射作用を誘発する。私たちはこれを「2ステップモデル」と名付け、一昨年、海外で論文発表をしています。
日中私たちが行動するときは自律神経の交感神経が働き、夜は副交感神経が働いて疲れを癒します。物を食べて蠕動運動をよくし、排泄するのも副交感神経の働きです。昼は交感神経、夜は副交感神経が交互に働いて、そのバランスによって私たちは元気でいられるのです。
出典:安保 徹(新潟大学大学院医歯学総合研究科教授)