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低レベル放射線の糖尿病治療

糖尿病マウスで寿命延長・老化症状の改善

糖尿病のタイプ

 糖尿病患者はいまや国民病といわれる病気で、予備軍をいれると2000万人にもなるといわれます。糖尿病には2種類のタイプがあり、インスリン依存型とされるⅠ型と、インスリン非依存型のⅡ型があります。おおざっぱに言えば、Ⅰ型は若い人に発症する痩せ型の糖尿病で、膵臓からインスリンが出なくなるために起こり、インスリンの注射をしなければ生命が脅かされる糖尿病です。

 これに対してⅡ型の糖尿病は中高年発症する肥満型の糖尿病で、インスリンが出ても組織がこれに反応しないために起こり、まず運動療法や食事制限での治療がおこなわれ、必要な場合にはインスリンの投与も行われることになります。

Ⅰ型糖尿病と低レベル放射線

 Ⅰ型糖尿病は一種の免疫不全で起きるもので、免疫の仕組みが暴走してすい臓でランゲルハンス島のベータ細胞を損傷させてしまい、インスリンが出なくなって血糖値が上がるものです。このとき、活性酸素が非常に大きな役割をしています。

 Ⅰ型糖尿病に対する低レベル放射線の病態改善についての研究は、66ページでお話されている小島周二先生のグループのものが有名です。それによると、Ⅰ型糖尿病を発症する実験用マウスの生後12~13週、または14週で、0.5グレイというガンマ線を照射したところ、通常は15週で発症がみられ22週で60%が発症するのに、照射群では有効な発症率の抑制が見られました。特に、生後13週で照射した場合、21週までの発症率はゼロでした。

 また、13週目に0.5グレイのガンマ線を照射したマウスのすい臓を摘出して病理検査したところ、アポトーシス(細胞が自分で死んでしまう)を起こした細胞の数が減っていることがわかりました。放射線(ガンマ線)がすい臓のアポトーシスを抑制することで、糖尿病の発症を抑えているのです。どうして、アポトーシスが抑制されるかというと、低線量放射線が活性酸素を除去しているからだと考えられています。放射線を照射すると生体内の水分などから活性酸素が作られます。活性酸素は毒性が強くDNAを傷つけ、がんや老化の原因となると考えられています。したがって、生体は活性酸素から身を護らなければなりません。

 活性酸素が生体内に出現すると、遺伝子の仕組まれている活性酸素に対抗する仕組みのスイッチが入り、活性酸素を除去していく物質がどんどん作られるのです。もちろん大量の放射線を浴びれば放射線の作る活性酸素により生体がダメージを受けますが、適当量の低いレベルの放射線を浴びた場合には生体が作り出した活性酸素に対する防御システムは放射線の作る活性酸素から身を護るばかりでなく、ベータ細胞を損傷する免疫細胞の出す活性酸素をもうち消してしまうわけです。

Ⅱ型糖尿病と低レベル放射線

 私はⅡ型糖尿病について、低線量の放射線を連続照射した場合にどのような効果があるのかという動物実験についてお話したく思います。

 Ⅱ型の糖尿病については、さらに2種類のタイプがあることがわかっています。ひとつは、インスリンは健常者と同じように分泌されているのですが、カロリー過多で高血糖状態が続き、全身の細胞がだんだんインスリンを受け付けなくなってくるタイプです。肥満の人がなりやすい糖尿病で、「インスリン抵抗性」の糖尿病といわれるものです。

 もう一つが、インスリン抵抗性は必ずしもないのですが、加齢等の原因でインスリンの分泌が低下するために起こる糖尿病です。このタイプの糖尿病は必ずしも肥満を原因とするものではなく、日本人の糖尿病の9割はこのタイプだといわれます。しかし、インスリン抵抗性を示す肥満型の糖尿病においても、高血糖状態が続くことでベータ細胞が損傷し、しだいにインスリンの分泌低下が起こります。その結果、ますます高血糖の状態が悪化するという悪循環に陥ります。「インスリン抵抗性」の場合も、結局は。「インスリン分泌低下」がおきてインスリン投与が有効な治療法の一つとなってくるわけです。

 わたしどもの電力中央研究所の低線量放射線研究センターでは、「インスリン抵抗性」糖尿病状態のマウスと「インスリン分泌低下」糖尿病状態の二種類のⅡ型糖尿病症状を示すマウスに対して、低線量の放射線を浴びせ(被曝)続けると、どのような効果があるかという実験をしています。db/dbマウスは「インスリン抵抗性」を発症する突然変異を持ったマウスで、体重がふつうのマウスの2倍以上もある典型的な肥満型糖尿病のモデルマウスです。

 この糖尿病マウスに1時間に0.7ミリグレイという線量率の放射線を生涯にわたって照射し続けたのです。

 この線量率は私たちが周囲の環境から毎日受けている放射線の1万倍の線量率にあたりますが、それでも放射線治療などの場合に比べれば1万分の1以下の線量率ですので、放射線を普段取り扱っている人間からすれば、十分「極低レベル」と呼べる線量率であるわけです。このマウスでは、生後4~5週で肥満が始まり10週までには100パーセントが「インスリン抵抗性」糖尿病を発症しますが、照射したマウスでは、24匹中3匹に尿糖が認められなくなったものが現れ、マウスの平均寿命も80週から105週に延び、脱毛など糖尿病マウスに特徴的な老化症状の改善も見られました(図1)。インスリンの分泌が低下した非肥満型のⅡ型糖尿病のモデルハウスのAkitaマウスにおいても同様の寿命延長効果が現れました。

 また、10週目から3週間だけ連続照射したdb/dbマウスでは、耐糖能(食後に上がった血糖値を正常値に下げる能力)が著しく改善していることがわかりました。

 一方で、インスリン応答性(インスリンを注射した時に血糖値を下げる能力)については改善しないことがわかりました。インスリン応答性が改善しないのに血糖値が正常に下がるということは、「インスリン抵抗性」の改善がなく高血糖状態が続いていても、膵臓のインスリンを分泌する能力が維持され、たとえ甘いものを食べることで血糖値が上がったとしても、インスリンを分泌することで血糖値を正常値まで下げているということを意味します。

 そこで、このマウスの膵臓を調べてみると、低レベルの放射線を照射したマウスではランゲルハンス島が肥大しており、たくさんのベータ細胞が確保されていることがわかりました。同時にアポトーシスによりベータ細胞が消滅するのを食い止める働きのあるSODがたくさん発生していることもわかったのです。つまり、低レベルの放射線が、「インスリン抵抗性」マウスの膵臓をダメージから護ってくれることがわかったのです。

 糖尿病では血糖値が高いこと自体は大きな問題とはなりません。糖尿病で恐ろしいのは長年にわたる高血糖状態が引き起こす血管障害に起因する腎臓、目、神経などの病変で、これを糖尿病合併症と呼びます。糖尿病合併症は活性酸素による強い酸化ストレスで引き起こされることが知られていますから、糖尿病合併症も低レベルの放射線が抑える可能性が考えられます。

 実際、低レベルの放射線を1年以上照射したdb/dbマウスでは合併症が抑えられ腎臓の病変が軽減し、正常マウスのものに近い状態になることがわかりました(図2)。つまり、低レベルの放射線で照射すると、前述した抗酸化作用の仕組みにより、合併症の原因となる活性酸素を無毒化し、糖尿病合併症を食いとめ、このことにより糖尿病マウスの寿命をのばし、老化を阻止しているのだと推測されます。

低レベル放射線による糖尿病治療の可能性

 糖尿病の発症と進行には活性酸素が深く関わっています。活性酸素の毒性を軽減する効果がある低レベルの放射線はⅠ型であれ、Ⅱ型であれ、糖尿病の症状を改善できると考えられます。

 現在は、マウスでの実験を続けているかたわら、培養細胞レベルでも一連の仕組みを確認する実験をはじめております。また、マウスで効果があったということは、当然、人間でも同等の効果が期待できることを意味しており、最近の疫学調査では、非がん疾患による死亡率が低レベル放射線で低下するという結果も提出されています。

※本研究は、電力中央研究所、産業創造研究所、富山大学医学部の共同研究である。

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